雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ……

 
毎年毎年、
今年の夏の暑さは尋常じゃあないぞと
ひとしきり思い知らされているような気がする、
この何年かだが。
常套句でもなければ気のせいでもなく、
今年の夏はまた、格別な暑さが襲い来ている模様。
日射病どころじゃない、
熱中症への注意をとしきりに喚起され、
運動をする前や就寝前には必ず水分補給しなさい、
水を飲むだけじゃあない、塩分も摂取なさい、
体温を上げぬよう、エアコンも活用すべし…と、
様々に研究された末での対策が、
もはや民間レベルで浸透しており。

 『体がむくんだり疲れやすくなるので、
  暑いからと言って水をがばがば飲んではいかん』とか

 『一日中とか一晩中、
  エアコンを点けているのは体に悪い』とか

もっともらしく言っていたのも、
その当時は あながち間違ってなかったのかもしれないが。
人間が脆弱になっただけじゃあなく、
地球環境が随分と変わった結果もあってのこと。
昨今のこの途轍もない暑さは、
精神論で乗り切れるほど甘いもんじゃあない、ということなのだろう。

 ………で

そうまでとんでもない夏の最中に、
それでも数々のスポーツの祭典があるのは
何かあってからじゃ遅いぞ、もとえ…いかがなものかと思うのですが。
中学生や高校生は、まだまだ大丈夫だということなんでしょうかね?



     ◇◇


小中学生サッカーの全国大会も、
高校総体も高校野球も相変わらず盛夏に催されているものの、
さすがに近年では、
炎天下での苛酷な運動がいかに危険かという把握も浸透しており。
学生スポーツのトレーニングにも、
真夏は特に体調管理を重視せよというお達しがあちこちから行き届き。
その結果、

 『過度の練習は、
  疲弊を招きこそすれ、何の向上も生まぬというのは言い過ぎだろうに。』

そも、ご当人には“過度の”という意識もなかったらしき、
それは雄々しき“現代の鉄人”も、
グラウンド、及びトレーニングルームの利用時間の制限、
個々人の練習メニューの再精査、などというお達しが、
自分の上へと降って来るなんて、思ってもみなかったらしく。
まま さすがに、
俺の勝手だ、誰にも迷惑かけてねぇだろとか、
昨日まで大丈夫だったのだから、多分 明日も大丈夫とか、
そういう無体なことを言い出して抵抗するとか。
もっと手前の話として、
聞く耳持たずに生活態度を変えないまま…なんていう、
強引なことは しでかさなかったが。
趣味も持たなきゃ、
世間一般の若者が等しく馴染んでいる色々な娯楽への基礎知識も乏しいまま。
それでもちっとも苦にならなんだほどに、
それ一本へ真摯に打ち込んでいた鍛練を、
選りにもよって制限されるとはと。
これまでの真っ直ぐ人生で恐らくは初めて、
何とも腑に落ちない壁に直面させられた彼だったに違いなく。

 『そ、そうですよね。』

この尋常じゃあない暑さの中で、
無理をするのは確かによくないが。
当人が納得済みで、且つ、

 『進さんほどの頼もしい人は……。』

例外としていいんじゃあ…と言いかかり、だが、
そういう言い方もいかがなものかと思ったか。
え〜っと う〜っと //////と、
応じに窮し、困ったように視線が泳いでしまったセナの、
進へもそれと届いた不器用さんなところ、

 「……………………。(///////)」

何とも微笑ましい愛らしさだなと、
仁王様の鉄のハートへしっかり記されたようである。


  いやまあ、そういう冗談はさておいて。


尋常ならざる猛暑が続いている今夏だということから、
真夏の炎天下に激しい運動を続けるのはどう考えたってよくないと、
例年以上に声高に叫ばれたその余波として。
進が所属している“U大フランベルジュ”も、
夏合宿以外の練習は、その日時に制限がついたのだそうで。
F学舎内のグラウンドやトレーニングルームの使用も勿論“禁止”。
摂取量を苦もなく管理している彼へはあんまり適切な喩えにならないが、
三度の飯より鍛練が好きな進にしてみれば、
とんでもない罰にも等しい仕打ち。
礼節ある人として、決まりごとは守らねばならぬという生真面目さとの葛藤の結果、
何とか我慢し切れてはいるものの、

 これ以上、誠実真摯な代物はないってのに、
 それをこうまで激しく禁止されようとはと。
 成程、進でなくとも“…何で?”と疑問に思うよな“禁令”には違いなくて。

 “それで、なのかなぁ…。”

学舎内のクラブハウスで課題のレポートをと構えたものの、
一向に進まないとかで。
よければ一緒に取り組んでもらえぬかと、
一般教科の英語や数学の参考書を抱え、
セナの自宅を訪ねて来るようになったのが、
セナの部屋のカレンダーが、
黄色も鮮やかなひまわり畑のスナップを使った、
八月のページへと変わった日からのこと。

 『ボクも、短編小説の翻訳とか課題は幾つかありますので。』

一緒に、と言いますか、
見てもらえると助かりますと、
一も二もなく承諾し、エアコンが適度に効いたお部屋にて。
進さんが…何やら長大な歴史書の一節を翻訳し、
それへのレポートを書くという課題と取り組んでおいでの傍らで、
辞書をひいたり、つっかえると慣用句の訳し方のヒントをいただいたり、
セナも彼なりに頑張っていたのだが。

 「…………………。」

エアコンが適度に効いた部屋での、大好きな人との差し向かい。
最初のうちは、時々小首を傾げるセナの手元を見かねては、
これはこれとセットになっているから…と指導していた進だったのだが。

 「………………。//////」

手元に進展がないのでは助言のしようがなかったし、
たとえ何かしらを書き進めていたとしても、

 「…………ZZZZZZZZZ。」

テーブルの上へ置いた腕を枕にし、
ふわふかな髪をぱさんと散らし、
それは心地よさそうに寝息を刻んでいる君へは、
何を言ったところで届きはすまい。
いやまあ、何事か囁かれたら“あわわ”と跳ね起きる彼ではあろうと、
自分はそういう反応にはならぬ進でも、そこはそうと推測されるのではあったが。

 「…………………。」

何とも安らかにくうすう眠るセナだったので、
その安寧を徒に突き崩してはいけないと思った。
頬の縁へと臥せられた、まぶたの線のなめらかさ。
相変わらず、自分と同じ“男”のそれとは思えない、
優しい作りの小鼻にすべらかな頬。
口許は腕の向こうへ隠れており、
自分の位置からはあいにくと見えないが。
それでもこうまで愛らしいのだから。

  こうまで愛おしいのだから

何もしないで無為に時を過ごすなんていたたまれないからと、
それでと当家へお邪魔したはずが。
今の自分は、正にその“無為”を消化中であり。
手元も動かず、テキストを見てもない。
ただただ、セナのまろやかな寝顔をじいと見ているだけという無為。
いや、

 “……………………無為、ではないか。”

ちりりとかすかな音がして。
そちらへ視線だけを向ければ、
どこから入ったやら、当家の愛猫が ほとほと・とことこ、
大小二人の青年が差し向かいになっていたテーブルへと近づいてくる。
足音もしないし、鈴の音もしない。
むしろさっき聞こえたのは、
進に“入るよ”と聞かせたかったから…気づかせたかったからかもしれず。
小さな侵入者は、テーブルの真横までをやってくると、
かすかに口許を開いて“にぃあ”と鳴きかかり。
だが、見上げた先の、
まとまりの悪い綿毛頭が動かないのを見て取ると、
あれれえ?と言いたげに小首を傾げ。
それから、ふんすんと間近になっていた主人のお膝など嗅いでみせたが、
そんなお顔にカパッとかぶせられたのが、

  横合いから伸びて来た……大きな手。

うに?とつぶらな瞳が見上げれば、
真面目なお顔がゆっくりとかぶりを振って見せ、
起こしてはいかんと、制したらしい。


 「……………………、………。」
 「〜〜〜〜〜〜。」」


手のひらを咬まれたくらいでは引かないくらい、
それは真摯に実直に…………。



雨にも負けず、風にも負けず。
夏の暑さにもそうそう簡単には負けない誰か様は、だが。
とあるお友達の愛らしさには、
仔猫と本気での睨み合いになだれ込んでしまうほど、
ついつい理性が負けることもあるらしい。





  〜Fine〜  10.08.04.


 *何だか妙なお話ですいません。
  こんな出来ですが、
  いつも楽しい“合宿”話をご提供くださる『SSL』のリュウ様へvv
  いつの間にかお誕生日を過ぎてらしたのですね。
  こちらはお言葉いただいたばかりのころに、
  すばらしく可愛い贈り物をいただいておりながら、
  スコーンっと乗り遅れてしまって申し訳ありません。
  こんな暑苦しいものでは、
  不快指数を上げるばかりかもと思ったのですが。
  ウチの進に“爽やか”は年々難しくなりつつありますので、
  まだちょっとでもそんな香りがするうちにと、
  大急ぎで初々しさとやらを掻き集めてみた次第です。
  初々しいをこれまた随分と履き違えておりますが、
  どうかご笑納くださいませ。

ご感想はこちらへvv *めるふぉvv*


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